私の母、そして家族の面白いエピソードを綴るブログです。
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04/03
歴史ある古都
京都に行ってきた。

私は小学校6年と中学1年時に修学旅行を行き逃しているので、京都にはほとんど行った事が無い。

なので今回の旅はとても新鮮だった。

一泊二日で色々回ったので忙しなかったが・・・(苦笑)

1日目の最後に清水寺へ行ったのだが、此処には母と来た事があった。

途中で土産屋を見かけると、『あぁ此処で母と抹茶アイスを食べたんだっけ』なんて考えていた。

2日目、天龍寺へ行った時も、『母と一樹兄と来たなぁ』と。

その二ヶ所ぐらいしか京都には行った事がないけれど、1日かけてゆっくり回ったから思い出もたくさんある。

今度は他の場所にも家族で行ってみたい。

平等院鳳凰堂の近くの、美味しい抹茶ゼリーを一緒に食べたい。




懐かしい関西の街並、途中で見かけた実家沿線の電車。

『あれに乗れば家に帰れる』

と、少しホームシックになるのだった。





明日は噂の北の国が人工衛星(笑)を打ち上げる日だけど、何事もなければいい。

誰かが怪我したりとかは嫌だから。
03/18
生きる意味
新しいダム・・・その水底に沈む事になった荘川村。
その村に昔からある荘川桜はずっと村を見守り続けてきた。

「せめてその桜だけでも救えないものか」

高碕達之助さんの熱い思いに動かされた笹部新太郎さんは桜の移植を行う。
桜は外傷に弱く、ちょっとした傷であっという間に弱ってしまう。
けれど、笹部さん達の努力と村人達の思いを受け、荘川桜は今も変わらず花を咲かせている。

それだけでも1つの奇跡。

けれどここからもう1つの物語が始まる。

それが昨夜見た「さくら道」だった。


国鉄バス名金急行線(名古屋〜御母衣〜金沢間)の車掌・佐藤良二さんが、荘川桜の話に感銘を受け「太平洋と日本海を桜で繋ごう」と沿線に桜を植え続けた。

自分の給料をほとんど桜の苗木に使い込み、更には自身が病気になっても桜を植え続ける佐藤さん。

家庭や自分の身を省みない父に苦悩する奥さんと娘さん。

「死んだように生きるんじゃなくて、生きる為に植えているんだ!!」

その台詞が心に残る。



誰もが「生きる意味」を探している。

自分探しの旅、なんてものも昔流行ったものだ。
だけど生きている内に「生きる意味」が見つかるというのは稀な事でもある。

今は有名な画家だって、生前は全然売れていなかったりする。
日々の貧乏暮らしの中で、それでも絵を描き続けたのはどうしてだったのだろう。

彼らにとって「生きる事」は、「描き続ける事」「植え続ける事」だったのかもしれない。

始めは些細な物だったであろうそれらは、少しずつ人の心を揺り動かしやがて大きな「感動」になった。

それこそが「生きる意味」で「生きた証」なのだろうと思う。

「結果(この場合は評価・・・になるのか)」を求めるのではなくて、毎日毎日「植え続ける」・・・つまりは「毎日を一生懸命生きる」って事なのではないかと。

「なんで生きてるんだろー・・・」なんて呟いてるぐらいなら、毎日必死に生きてみようかな。

佐藤さんみたいに。
03/05
矛盾する言い分では人の心は動かせない
ある日、ニコニコ動画を見ていたら面白い動画を見つけた。

ズバズバと小気味よい発言をするおじさまだ。

ニコニコ動画を見ている人には「テキサス親父」の愛称で親しまれているようだ。

いくつもある動画の中から、1つ紹介させて頂く。




親父の動画を見て、シーシェパードに改めて興味を持った。

ニュースで知ってはいた。

捕鯨に反対・・・それはいいかもしれないがだからといって発砲してきたりするのはどうなのか、とは思っていた。

良い事も悪い事も、気になったらまず「自分で」調べてみるのが一番だと思う。

そしてまずは一度wikipediaを覗いてみる。

ページを開いてみて驚いた。

『・・・・・・・・・海賊旗がはためいてるんですけども?』



彼らは海賊だったようだ。

それって彼らが攻撃して来た時は迎撃していいって事でいいのかな?

鯨の命も大切だが、船乗員の命も大切です。

人の命をあっという間に奪い去る事が出来る・・・そんな物を人に向かって打ってくる輩に命の大切さを説かれても説得力が無さ過ぎると改めて思った。

そして私は今、テキサス親父の大ファンである。

親父好きだ!!!
02/22
にゃんにゃんにゃん
一ヶ月近く放置気味でどうもすみません(笑)

2月22日は猫の日。

「あなたは犬派?猫派?」

なんて聞き合ったりする事がある。

私は大体「猫派」だと答えるけれど、実はどちらでもない。

だってどっちも好きだから。

犬には犬の、猫には猫の良さがある訳だから、結局の所どちらでもいいと思うのだ。

それよりも、どうかと思うのはペットに服を着せる行為である。

あれってどうなのだろうか・・・。

彼らは毛があるのだから、服なんて着せられたら暑くて堪らないのではないだろうか。

寒い冬でも、冬に備えて毛が生え変わる訳だからそのままでも十分暖かい筈だし・・・。

夏に冷房の効いた部屋で服を着せるのはいいかもしれない。

けど冬に暖房が効いた部屋で更に服を着せられたとしたら・・・。

・・・。

・・・。

大変だなぁ。
01/24
生まれてきた事を祝う日
今日は寒い日だった。

外に出ると耳が少し痛んだ。

母はこんな寒い日に私を産んだんだな、と思った。



誰かが誕生日の時は忘れずお祝いのメールをする事にしている。

普段は連絡を怠りがちだし年賀状を出す暇もないものだから・・・。

年始となると人数が多いのであまり送らなくなってしまった。

だから誕生日が年に1回の「元気ですよ」のお知らせのようなものだ。

何年も会っていないけれど、メールをすれば「覚えててくれたんだ!ありがとう」と喜んでもらえる。

それも嬉しい事の1つ。

自分の誕生日に祝いの言葉を貰えるととても嬉しい。

だから大好きな人達にも喜んで貰いたい。

そう思うのだ。





今日、お祝いの言葉をくれた親愛なる友人達へ。

覚えていてくれて嬉しい。

ありがとう。

これからもよろしくね。
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